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「うっかりミスはなぜ起こるか?現場監督として取り組みたいヒューマンエラー対策」という記事では、人間による失敗やミスが原因で起こるヒューマンエラーの芽をつむために、多くの「ヒヤリ・ハット」の事例を情報収集することの重要性について紹介しました。
ヒヤリ・ハットとは、重大な災害や事故には結果的にいたらなかったものの、そういった事態に直結してもおかしくない、一歩手前の事例のことです。
文字通り、「ヒヤリとしたり、ハッとしたり」したような突発的な事象やミスが、ヒヤリ・ハットです。
厚生労働省のウェブサイトでは、墜落・転落、転倒、激突、飛来・落下、崩壊・倒壊、激突され、はさまれ・巻き込まれ、切れ・こすれ、高温・低温の物との接触、感電・火災、有害物との接触、交通事故、動作の反動・無理な動作、破裂、その他といったカテゴリー別に、多くのヒヤリ・ハット事例が収集されています(職場のあんぜんサイト ヒヤリ・ハット事例(厚生労働省))。
たとえば、下記のような事例がイラスト付きで紹介されていますので、大変参考になります。
足場の組立工事で足場上を歩行中、足場板のツメが破損して板が傾き、バランスを崩して転落しそうになった
<業種> 鉄骨・鉄筋コンクリート造家屋建築工事業
<作業の種類> 足場(建築工事)
<ヒヤリ・ハットの状況>
建築工事の現場で足場組立工事をしていて高さ5mの足場上を歩行中、突然足場板のツメがちぎれて乗っていた足場板が傾き、バランスを崩して転落しそうになった。幸い安全帯を着用していたので5m下には墜落せず、右ひざの軽い擦り傷ですんだ。
<原因> 足場板の事前の点検が不十分で、ツメ取付け部の劣化に気づかなかったこと。
<対策> 目視でいいので足場板の事前点検を必ず行うこと。
このヒヤリ・ハットという言葉は、医療の安全対策現場でも使われています。
医療技術が発展した医療現場でも、実際に医療や介護を施すのは人の手です。
長年の経験則によってプロセスが省略されたり、誤処理、不当処理、順序やタイミングの判断ミスが原因で事故が起こることも少なくありません。
医療事故には至らなくても、場合によっては事故に直結したかもしれない事例で、間違った医療行為が行われそうになったが未然に気づいて防ぐことができたり、行った医療行為に間違いがあったものの患者に被害は及ばなかったり、といったヒヤリ・ハット事例などが報告されています。
こうしたヒヤリ・ハット事例を収集することには、大きな意味があります。
小さなヒヤリ・ハットを発見することで事故災害の芽があることを意識し、それを防止する対策を共有することによって、より大きな事故の発生を防ぎ、全員の安全意識を高めることができるからです。
現場の安全を管理するという重大な責任を担う現場監督は、日々、多くのヒヤリ・ハット事例を目にしたり聞いたりすることがあると思います。
個々のヒヤリ・ハット事例から、「どの時点で」「どのような理由により」発生したエラーなのかという要因を検証し、どのような事故につながる可能性があるか、実際につながるかということを分析して、そのヒヤリ・ハットが発生した本質を突きとめましょう。
そして、この分析に基づいて、防止対策を決定し、ガイドラインやチェックリスト、マニュアルなどを作成することが安全を管理する現場監督の務めです。
じつは、こうしたヒヤリ・ハットの数と、実際に起こってしまった事故の数には、ある関係性、法則性があることがわかっています。
これはこの法則を導いたハーバート・ウィリアム・ハインリッヒの名前から、「ハインリッヒの法則」と呼ばれています。
アメリカの損害保険会社で技術・調査部の副部長をしていたハインリッヒ氏は、災害防止のグランドファーザーと呼ばれています。
ハインリッヒ氏は、ある工場で発生した5000件余りの労働災害を統計調査し、「1:29:300」という比率を突き止めました。
「重傷」以上の災害が1件あったら、その背後には、29件の「軽傷」を伴う災害が起こり、さらにその背後には、300件もの「ヒヤリ・ハット」事例があるというのが、その比率の内訳です。
このため、この法則は「1:29:300の法則」とも呼ばれています。
どんな不祥事や重大な事故も決して突然に起こるものではなく、1件の重大事故が起こるまでには、300もの小さな予兆の積み重ねがあるということです。
ハインリッヒ氏によれば、さらにその背後には数千件の潜在的なリスクがあると言います。
これが「不安全行動」「不安全状態」です。
不安全行動とは、手間や労力、時間やコストを省くことを優先して、
「これくらいは大丈夫だろう」
「面倒くさい」
「皆がやっているから」
「早く終わらせるためにはしかたがない」
「いつも問題ないから大丈夫」
「自分が事故を起こすはずはない」
などという根拠のない慣れや過信から、決められたルールなどを逸脱してしまう行為のことです。
こういった不安全行動に対する予防措置をとれば、労働災害の98%は防げるとハインリッヒ氏は説いています。
厚生労働省では、不安全行動・不安全状態の類型として、以下のような項目をあげており、労働災害発生原因全体のうち97.6%が、労働者の不安全な行動に起因する労働災害と分析しています。
機械や物の不安全状態
これらの項目ごとに、「教育、指導や監督の徹底」「設備や作業環境の改善」「人間関係の醸成」「労働条件の適正化」といったそれぞれの対策をとっていくことが必要です。
また、こうした、「あるべき作業標準からの逸脱」は、そもそも「あるべき作業標準(作業手順)」が明確に定められていなかったり、定められていても、十分な安全教育が行われていなかったりしているケースも多くあります。
安全教育は、教えたつもりでいても、教えた内容が現場の作業者に伝わっていなければ意味がありません。教えた内容を日常的に実践させ、不安全行動に気づいたらすぐに是正することが必要です。
このハインリッヒの法則は、安全管理ばかりでなく、企業としての危機管理全般、さらには戦略的なビジネス活動でも役立てることができます。
企業において、とくに経理や会計、品質管理といった間接部門では、業務が直接売上げに直結していないということもあり、緩みや怠慢などが発生しやすい部門でもあります。品質管理データの不正、粉飾決算などの不祥事、あるいはハラスメントの問題などが大きく事件となるケースもしばしば起こっています。
ハインリッヒの法則に基づいた危機管理対策やマニュアルの徹底は、従業員の意識を改革する上でも大きな効果をもたらします。ヒヤリハットの報告の徹底は組織内のホウレンソウを活性化させ、組織を強化する効果があります。
ハインリッヒの法則における「事故」を「顧客からのクレーム」に置き換えてみましょう。
1件のクレームの裏には、声を上げてはいないものの、不満を持っている顧客が29人おり、クレームにつながりかねない行為が300件存在することになります。
企業にとってクレームはビジネスチャンスでもあります。
誠意のある対応をすることで顧客の不満を解消し、優良顧客になる可能性がありますし、クレームには、改善するためのヒントが多く隠されており、改善活動によって隠れている顧客のニーズを見つけ出すことができるかもしれないからです。
「神は細部に宿る」という言葉がありますが、ハインリッヒの法則は、まさにその言葉通り、些細な事件にならない、小さなミスをつぶしていくことが大きな事故を防ぐ手立てになることを教えてくれています。
大きな事故が起きる現場では、作業員の行動に細かい注意をせず、寛容で大雑把に放置しているという現場監督の管理不足があります。その現場監督は、無数の予兆があったにもかかわらず、それに無関心を通したことになるのです。
週間レポートや報告書などでは、こうした無関心は発見されないので、会社の側も、その現場監督に対して無関心であり、指導力が欠けていたことになります。
ハインリッヒの法則は、出版以来改訂され続けていますが、労働者個人の問題から、「管理不足」「材料・設備・作業環境・人員の不良」といった社会環境の問題へ焦点をシフトさせています。
今や、安全管理の考え方は、会社全体の文化や指導力にもかかわる重要な事項だということができます。
また、ハインリッヒの法則は、クレーム対応の面から、アフターサービスの領域でも役立てることができます(詳しくはクレーム対応のアフターサービスに活かす「ハインリッヒの法則」 | アフターサービス研究所~アフターサービスについて考えるメディアをご覧ください)。