現場で使える思考モデル・心理学シリーズ(1)
ヘーゲルの弁証法を使って、施主の対立を解決してみた

現場で使える思考モデル・心理学シリーズ(1)ヘーゲルの弁証法を使って、施主の対立を解決してみた

住宅を建てる際、どの家庭でも起こる問題の一つに『家族間の対立』が挙げられます。
家は一生に一度の買い物なので、旦那様と奥様の希望が分かれるなど、意見が多岐に渡ることは当たり前です。しかしその意見の対立が長引けば計画は進まず、それにより作業がストップしてしまうこともあり得るでしょう。

そんなとき、コンサルタントとしてお施主さんの意見をうまくまとめあげていくことは大変重要です。第三者の立場で双方の意見をよく聞き、互いに納得できる解決策を提示してあげて下さい。

今回は、その解決方法を導く考え方として大変役に立つ「ヘーゲルの弁証法」をご紹介します。
実際に起きた問題をもとに、その具体的な活用方法を挙げてみました。ぜひ参考にしてみて下さい。

「ヘーゲルの弁証法」とは何か

「ヘーゲルの弁証法」による具体的な解決方法をみて行く前に、まずは「ヘーゲルの弁証法」について説明していきます。
これは古代ギリシャで生まれた解決理論で「事実は最も人々にとって価値のあるものだ」という思想のもと成り立つものです。決して両者の意見を否定せず、感情ではなく理論から解決の糸口を探し当てる方法のことを言います。

今では多くのコンサルティングの現場でこの考え方が取り入れられているというヘーゲルの弁証法ですが、一言で言うと、ある意見(テーゼ)とそれを否定する意見(アンチテーゼ)の欠点を補い(アウフヘーベン)、互いが納得できる提案(ジンテーゼ)を導く方法です。

ヘーゲルの弁証法は上記のように「テーゼ」、「アンチテーゼ」、そして「ジンテーゼ」の3つの要素によって成り立ちます。(「アウフヘーベン」とは、より良い結論を導き出すまでの過程のことです)

これだけ聞くととっつきにくい印象をもたれてしまうかもしれませんが、例を挙げて考えてみれば、そんなに難しくはありません。
例えば、Aさんが「コーヒーを飲みたい(テーゼ)」と主張し、Bさんが「健康のために牛乳が飲みたい(アンチテーゼ)」と逆の意見を主張したとします。そこで互いの意見を取り入れるように考え(アウフヘーベン)「ではカフェオレを飲みましょう(ジンテーゼ)」という解決策を見つけることです。
これならAさんはコーヒーを飲めるし、Bさんは牛乳を採ることができますね。
要するに、両者にとっていいとこどりの結果を導くのが、ヘーゲルの弁証法なのです。

何事も角が立たないようにすることは大変ですが、その手段さえ分かっていれば、すんなりと誰もが納得できる形で問題を解決することができますよ。
ヘーゲルの弁証法はどんな場面でも応用が利くので、小さなことでもお施主さんの間に入り、できるだけ細やかなケアをしてあげて下さい。

実践例:ヘーゲルの弁証法で、施主の対立を解決する

それでは家づくりにおいて「ヘーゲルの弁証法」が役立つ具体的な事例を2つ紹介しましょう。
お施主さんは意見が対立したとき特に担当者を頼ってきてくれます。いい家づくりは家族のチームワークが重要です。最高の解決を導くことができる頼れるエキスパートとなって下さい。

事例1:キッチンへの考え方が夫婦間で対立するケース

奥様  「広々とした空間で料理を楽しみたいから、アイランドキッチンがいいわね」
旦那様 「アイランドキッチンだと、通常より価格が上がって、予算が合わないんだ」

家づくりにおいてよくある意見のずれナンバーワンと言っても過言ではないのが、このキッチンにおける意見の相違です。
キッチンには女性が立つ場合が多く、そこに多少お金をかけてでも使いやすさを求めたいようですが、オプションを少し加えただけでも金額が上がることもありえるので、男性側の意見としてはできるだけ費用を抑えたい傾向にあります。

夫婦間で見られるこうした意見の対立は、家事の分担問題なども関わってくるため、これをきっかけに両者の怒りが倍増してしまうことも多々あります。ここは担当者がうまく二人をコントロールし、健全な解決策を見つけなければなりません。

解決策:

それではこの問題を「ヘーゲルの弁証法」を使って解決していきましょう。
ヘーゲルの弁証法を使って、施主の対立を解決してみたまず奥様は「広々としたアイランドキッチンがいい(テーゼ)」と主張し、それに対して旦那様は「予算が合わない(アンチテーゼ)」と反対意見を述べていますね。
そこで互いの意見を取り入れられるようなアイデアを考えます(アウフヘーベン)
互いが納得するような解決策(ジンテーゼ)として、まずはアイランドキッチンをやめて一般的な対面キッチンにしてみましょう。その代わり、壁とキッチンの通路を広めにとった設計にすることを提案してみて下さい。
こうすれば、奥様が主張していた「広々とした空間」も生かしつつ、ノーマルなキッチンに変更することで旦那様の主張していた「予算」も抑えることができます。

アイランドキッチンは“魅せるキッチン”として近年人気があります。キッチンにいることが孤独にならない、開放的な空間を望む奥様が増えてきています。しかしアイランドキッチンの設置には、その分、広めのスペースが必要になってくるので「場所を取るからリビングが狭く感じてしまう」とおっしゃるご家族も多いようです。

そういったジレンマも、同様に「ヘーゲルの弁証法」を使って解決ができます。
例えば「開放的な空間(テーゼ)」を求める奥様と「場所をとりたくない(アンチテーゼ)」というご家族の反対意見を、ノーマルな対面式キッチンにしつつ、キッチンから家族が見えキッチンとリビングの動線を遮らないような設計にすることで解決できます(ジンテーゼ)。また、キッチンに物が多くなることによって奥様と家族のいるリビングの間の視界を遮ってしまうという可能性もあるので、パントリーを設置し十分な収納スペースを確保することをおすすめしてもいいかもしれませんね。

事例2:子供部屋の在り方について意見が違うケース

奥様  「子供とのコミュニケーションを大切にしたいから、子供部屋はできるだけ開けた空間にしたいの」
旦那様 「勉強に取り組む雰囲気づくりも大切じゃないかな。子供にもプライベートを与えることが大切だと思う」

次に多い意見の対立は、家づくりとお子さんの成長のバランスでしょう。
家づくりの際にお子さんが関わってくる場合もかなり多く、その度に意見の相違が生じるようです。確かに家が子育て与える影響は大きいので、きちんと家族がコミュニケーションを図れる空間づくりの提案は、住宅業界のプロとして、まさに腕の見せどころとなってきます。

特に夫婦間で起こる対立は『子供部屋の存在』についてです。
お子さんがいらっしゃるご家庭は、おおむねどの家も子供部屋を設けることがほとんどです。しかし自分だけの空間を与えることで「部屋に籠りっきりになってしまわないだろうか?」とか、「まだ準備が整っていない状態で親離れをしてしまわないだろうか?」とか、愛するわが子への心配はとかく尽きないものです。
こういった対立を解決することが難しいのは、「育児への考え方は人それぞれで、どちらか一方の意見が正しいということは決してない」からです。そのため、両者の意見を慎重に尊重した解決策を提案することが大切です。

この問題は当事者同士だと感情的になりがちなので、できるだけ第三者が入って内容を整理する必要があります。デリケートな話題でもあるので、お施主様のほうからは言いにくいケースもあるかもしれません。そんなときは何か問題がないかこちらからさりげなく聞いてみる心遣いも必要ですね。

解決策:

それではこの問題も「ヘーゲルの弁証法」に基づいて整理していきましょう。
奥様が主張する「開けた空間」ですが、最近では“子供部屋を与えないほうがいい子が育つ”という内容の本が出版されていますし、そういった考えに影響を受ける人が多いようです。そのため、「子供部屋をリビングに繋がる形で設置したらどうか」とか、「ロフトのような形にして扉を設けないようにしたらどうか」といった希望もよく聞かれます。しかし子どもが大きくなってから扉を取り付けるとなると、そこでまたお金がかかりますし、時間も取られてしまうので、あまりおすすめはできません。

お子さんを思うがために生まれるこんな子供部屋の問題も、ヘーゲルの弁証法によって解決できます。
まず奥様は「お子さんとのコミュニケーションを大切にしたい(テーゼ)」と言っています。しかし旦那様は「勉強をさせるためにもプライベートの空間は必要だ(アンチテーゼ)」と主張しています。ならばこの両者の意見を上手く汲む、コミュニケーションがとれてなおかつお子さんが勉強とプライベートを大切にできる空間があればいいわけですね(アウフヘーベン)

そこで、こんな解決策(ジンテーゼ)が考えられます。
例えば、旦那様の意見である子ども部屋の設置は取り入れます。しかし、その子供部屋を独立しきった存在にしないように、奥様の希望どおり、きちんと毎日家族が顔を合わせられるような仕組みを作るのです。

具体的には、例えば「リビング階段にする」ということが考えられます。たいていの住宅では、子供部屋は2階に設けられることが多いと思いますが、ならば、リビングを通らなければ自分の部屋に行けないようにしてしまうわけです。すると、必ず家族が顔を合わせる機会があり、お子さんが帰宅したかどうかも分からずそのまま部屋に直行してしまうような事態を防ぐことができます。またリビングを吹き抜けにすることで、家族はお子さんの気配を、お子さんは家族の気配を常に感じることができるので、これも一つの解決方法(ジンテーゼ)となりますね。

さらに、「勉強はさせたいけど部屋に籠りっきりにはなって欲しくない」という意見の対立も、ヘーゲルの弁証法によって解決できます。
例えば「子供部屋とは別に、思いきってリビングにちょっとした勉強スペースも設けてみる」というのも一つの手です。一見、リビングで勉強すると気が散ってしまうように思いますが、実は、東大合格者のほとんどがリビングでの勉強によって集中力を身に着けていた、というデータもあるのです。お子さんの学力も上がり、なおかつ両親が目の届く場所にお子さんがいることは、間違いなく対立する両者の意見に寄り添った提案となることでしょう。

まとめ

家族全員の意見がすべて合致するマイホーム計画は存在しないと言っても過言ではないでしょう。一生に一度の買い物だからこそ、それぞれに思いを伝え誰もが後悔のない選択をしたいものです。
ただ、その中で意見が割れてよからぬ対立が生まれてしまうことはあると思います。
そんな時は、第三者であるコンサルタントとして、あなたがサッと両者の間に入り、問題を解決の道に導いてあげることが大切です。
いい家づくりのためには、楽しい計画がその過程にあることも重要です。
最終的にはみんながハッピーになれる提案でお施主さんをストレスから解放させてあげて下さいね。